「苦手」とは何か?DQ10を例に考えてみよう! 【DQ10】 [戦闘指南]
操作編第2弾の話になります。
皆さんは「苦手」なものがありますでしょうか?
私も子供のころに苦手な勉強科目や、苦手なゲーム等いろいろありました。こんなゲーム記事ばかり書いている自分ですが、運動に対しては苦手意識は無く、当然万能という訳ではありませんが、控えめに見て平均位のレベルであるという位置づけではありました。
私のプロフィールなんてどうでもいい情報なのでさっさと本題に入りますね。
さて本題に入る前にまずは字の意味から考えていこうかと思います。
①扱いにくい、なかなか勝てない
②得意でないこと
意味が全然違いますが→③不思議な力を持つ手
このような意味を持つ言葉が「苦手」というものらしいです。これは私が創った造語ではありませんので、この意味が正しいものであるという前提で話を進めていきたいと思います。
1.「苦手」ってなんだろう?
このブログはDQ10のブログです。なのでDQ10を例に考えていこうかと思います。
皆さんのDQ10において「苦手」なものをイメージしてみて下さい。
イメージはできましたでしょうか?今回は大多数の方が「苦手」としている金策について例にあげてみます。
金策が「苦手」な人はみんな口をそろえて同じことを言います。以下ネガティブな言葉には色を変えていきます。その理由は最後に書きますね。
Aさん「自分は金策が嫌いだからやらないんだよね。」
Bさん「自分は金策のやり方がわからない。」
Cさん「自分はお金なんていらないし金策はいいや。」
Dさん「自分は金策の才能がないのかなあ」
このほかにもたくさんはありますが、だいたいこんなとこでしょうか?正直こういう理由を探すのは自分にとっては難しいです。なぜなら、
言葉こそ違うけど全部言ってる意味は一緒
だからです。私には上の文が全部一緒に見えてしまいます。自分はこう言えるのでしょうか。
苦手という事を考えるのが苦手である。
という感じですかね。ただ、CさんのようにG自体に魅力を感じてない人は一概には、苦手とは言えません。強がりのように言っているようでしたら苦手意識があるんでしょう。
2.自我とは何か?
皆さんは様々な人の思考に、本当はたくさん触れているはずなのです。ですがこの苦手や嫌いに支配されてしまうことによって、どうしてもブロックしてしまう傾向にあります。
自分にもこれは言えることがあります。苦手を考えること自体は少ないのですが、体が受け付けないことは多々あります。これは体が本能的に嫌っていると言えるでしょう。
そういうことに意識を向けることはなかなか難しいです。そもそもこれをしてみたい!という気持ちすら沸く湧くことが無いかと思います。そういうものには無理に意識を向ける必要は無いかと思います。ただその嫌いなものを目の前にした時に、見つめなおしてみることが大事なことかと思っています。
なにが言いたいのかと申しますと、
苦手なものがなぜ苦手なのかこれを考えることの方が大事
ということです。苦手で終わらせるのではなく、じゃあどこがだめなんだろという部分に関して、自分を客観的に見てみる。これをすることの方が自分は大事なことだと思っています。
3.苦手の具体的な克服
ひとえに苦手とはいっても、実は1つの事柄には様々な要素がかみ合ってきています。
これが今回のプロジェクトの趣旨になっています。
前回の記事の
→カメラ操作でお悩みの方 才能なんていりません
でも書きましたが、戦闘が苦手な人にはこういった細かい部分によって、戦闘自体が苦手と思い込んでしまう傾向にあります。つまり戦闘が苦手だからたくさん戦闘すれば良くなると勝手に思い込んでしまい、時間ばかりかかってしまう。
もちろんいつかは出来るかもしれませんが、それはDQ10の戦闘にしか使えない技術になってしまいます。
人間は出来ない能力を、出来る能力で補おうとすることが出来る動物です。目が見えない人でもゲームが出来たりする人が世界にはいますが、そういう人は耳の力や手の力等の他の感覚が普通の人よりも発達しています。なので、画面を見ていなくても移動系のゲームでない限りは、出来てしまうこともあると言えるでしょう。
つまり苦手なものがあったとしても、他の感覚が補おうとするために、「本来の弱点を見失ってしまう」とも考えることができます。
目の力が100として操作性能を20としたとき、操作性能を100にした方が早いのに、人間は目の力を110にしようとします。100を110にすることの方が非常に難しいことであると言えるでしょう。
なので1つのことを覚えるのに、時間がかかってしまう人と、すぐ出来てしまう人の差が出来てしまう訳です。
また私には、これといった特技もないですし、頭もいいわけではないからこそ常に何かを考えようと意識はしています。あくまでこういうものは1つの思考でしかないと思ってはいますが、そう考えること自体が1つの思考でもあると言えてしまいます。
ここまで読んで下さった方には克服法もわかるとは思いますが、例を1つあげてみます。
相手の技にすぐ対応が出来ない人はいませんでしょうか?
自分には反射神経がないから反応が遅いんだ
みたいに思ってはいませんか?コマンドの位置を覚えたり、敵の技の対策を準備したことはありますか?何の用意もないのにその場で考えて行動をしていたら、当然反応が遅れます。
こんなの反射神経がすごそうな卓球選手だろうが一緒です。準備をしていないのに反応なんて出来るはずがありません。
反応が遅いと感じている人は、なぜ遅いんだろうて自分を見つめなおしてみると、自分に足りないものが見えてくるかと思います。
結局は出来ないことを苦手で終わらせるほうが簡単なので、人間は苦手を苦手という言葉で終わらせてしまうのでしょう。赤字にした理由はこれらの逃げ場を消すためにつけました。そういうフレーズを別の言葉で置き換えないようにすると、真剣に向き合うことができるかと思います。
ゲーム記事なのに、こういう内容の記事を書いてる人はおそらく、数人程度かとは思います。ですが決してゲームとリアルの世界の思考が分離されているわけではない!ということを意識してもらいたいです。これがゲームを真に楽しむことができる方法であると私は思っています。
結論!!
あくまで私個人の思考です!
これが絶対と思うのは流されている可能性があります。あくまでこういう思考もあるのかもしれない程度で大丈夫です。自分の過去と置き換えて考えてみましょう。
プロジェクトについては
→新プロジェクト始動!! ゲーム上達への道
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皆さんは「苦手」なものがありますでしょうか?
私も子供のころに苦手な勉強科目や、苦手なゲーム等いろいろありました。こんなゲーム記事ばかり書いている自分ですが、運動に対しては苦手意識は無く、当然万能という訳ではありませんが、控えめに見て平均位のレベルであるという位置づけではありました。
私のプロフィールなんてどうでもいい情報なのでさっさと本題に入りますね。
さて本題に入る前にまずは字の意味から考えていこうかと思います。
①扱いにくい、なかなか勝てない
②得意でないこと
意味が全然違いますが→③不思議な力を持つ手
このような意味を持つ言葉が「苦手」というものらしいです。これは私が創った造語ではありませんので、この意味が正しいものであるという前提で話を進めていきたいと思います。
1.「苦手」ってなんだろう?
このブログはDQ10のブログです。なのでDQ10を例に考えていこうかと思います。
皆さんのDQ10において「苦手」なものをイメージしてみて下さい。
イメージはできましたでしょうか?今回は大多数の方が「苦手」としている金策について例にあげてみます。
金策が「苦手」な人はみんな口をそろえて同じことを言います。以下ネガティブな言葉には色を変えていきます。その理由は最後に書きますね。
Aさん「自分は金策が嫌いだからやらないんだよね。」
Bさん「自分は金策のやり方がわからない。」
Cさん「自分はお金なんていらないし金策はいいや。」
Dさん「自分は金策の才能がないのかなあ」
このほかにもたくさんはありますが、だいたいこんなとこでしょうか?正直こういう理由を探すのは自分にとっては難しいです。なぜなら、
言葉こそ違うけど全部言ってる意味は一緒
だからです。私には上の文が全部一緒に見えてしまいます。自分はこう言えるのでしょうか。
苦手という事を考えるのが苦手である。
という感じですかね。ただ、CさんのようにG自体に魅力を感じてない人は一概には、苦手とは言えません。強がりのように言っているようでしたら苦手意識があるんでしょう。
2.自我とは何か?
皆さんは様々な人の思考に、本当はたくさん触れているはずなのです。ですがこの苦手や嫌いに支配されてしまうことによって、どうしてもブロックしてしまう傾向にあります。
自分にもこれは言えることがあります。苦手を考えること自体は少ないのですが、体が受け付けないことは多々あります。これは体が本能的に嫌っていると言えるでしょう。
そういうことに意識を向けることはなかなか難しいです。そもそもこれをしてみたい!という気持ちすら
なにが言いたいのかと申しますと、
苦手なものがなぜ苦手なのかこれを考えることの方が大事
ということです。苦手で終わらせるのではなく、じゃあどこがだめなんだろという部分に関して、自分を客観的に見てみる。これをすることの方が自分は大事なことだと思っています。
3.苦手の具体的な克服
ひとえに苦手とはいっても、実は1つの事柄には様々な要素がかみ合ってきています。
これが今回のプロジェクトの趣旨になっています。
前回の記事の
→カメラ操作でお悩みの方 才能なんていりません
でも書きましたが、戦闘が苦手な人にはこういった細かい部分によって、戦闘自体が苦手と思い込んでしまう傾向にあります。つまり戦闘が苦手だからたくさん戦闘すれば良くなると勝手に思い込んでしまい、時間ばかりかかってしまう。
もちろんいつかは出来るかもしれませんが、それはDQ10の戦闘にしか使えない技術になってしまいます。
人間は出来ない能力を、出来る能力で補おうとすることが出来る動物です。目が見えない人でもゲームが出来たりする人が世界にはいますが、そういう人は耳の力や手の力等の他の感覚が普通の人よりも発達しています。なので、画面を見ていなくても移動系のゲームでない限りは、出来てしまうこともあると言えるでしょう。
つまり苦手なものがあったとしても、他の感覚が補おうとするために、「本来の弱点を見失ってしまう」とも考えることができます。
目の力が100として操作性能を20としたとき、操作性能を100にした方が早いのに、人間は目の力を110にしようとします。100を110にすることの方が非常に難しいことであると言えるでしょう。
なので1つのことを覚えるのに、時間がかかってしまう人と、すぐ出来てしまう人の差が出来てしまう訳です。
また私には、これといった特技もないですし、頭もいいわけではないからこそ常に何かを考えようと意識はしています。あくまでこういうものは1つの思考でしかないと思ってはいますが、そう考えること自体が1つの思考でもあると言えてしまいます。
ここまで読んで下さった方には克服法もわかるとは思いますが、例を1つあげてみます。
相手の技にすぐ対応が出来ない人はいませんでしょうか?
自分には反射神経がないから反応が遅いんだ
みたいに思ってはいませんか?コマンドの位置を覚えたり、敵の技の対策を準備したことはありますか?何の用意もないのにその場で考えて行動をしていたら、当然反応が遅れます。
こんなの反射神経がすごそうな卓球選手だろうが一緒です。準備をしていないのに反応なんて出来るはずがありません。
反応が遅いと感じている人は、なぜ遅いんだろうて自分を見つめなおしてみると、自分に足りないものが見えてくるかと思います。
結局は出来ないことを苦手で終わらせるほうが簡単なので、人間は苦手を苦手という言葉で終わらせてしまうのでしょう。赤字にした理由はこれらの逃げ場を消すためにつけました。そういうフレーズを別の言葉で置き換えないようにすると、真剣に向き合うことができるかと思います。
ゲーム記事なのに、こういう内容の記事を書いてる人はおそらく、数人程度かとは思います。ですが決してゲームとリアルの世界の思考が分離されているわけではない!ということを意識してもらいたいです。これがゲームを真に楽しむことができる方法であると私は思っています。
結論!!
あくまで私個人の思考です!
これが絶対と思うのは流されている可能性があります。あくまでこういう思考もあるのかもしれない程度で大丈夫です。自分の過去と置き換えて考えてみましょう。
プロジェクトについては
→新プロジェクト始動!! ゲーム上達への道
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